心ごと

自己紹介と、臨床心理学を発信する理由。

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こんにちは、広大な海をバックに失礼致します。心理系大学院M2のsunao.と申します。

カウンセラーとして働くために、現在は大学院で臨床心理学を学んでいます。

 

今は現役大学院生としてバリバリと勉強している私ですが、ここまでたどり着くまでには、病んだり、尊敬できる人に出会ったり、ヒッチハイクで日本一周したり(?)、色んな経緯がありました。

 

そんなこんなで人生いろいろあり、今では【日本から孤独に悩み苦しむ人をなくしたい】という目的を持って心理学を学んでいます。 

 

ただ、日本に心理学は全然根付いていない現状です。いくぶんか、心のケアに対して寛容になってきた気はしますが、まだ心置きなく自分の心の弱さを認めること、また、心の弱さを人に見せることは難しいのではないでしょうか。

 

「私はまだがんばれる、甘えちゃいけない」と強がってしまったり、

 

「みんな頑張ってるのに、こんなことでクヨクヨするなよ」と人を責めてしまったり。

 

まだまだ日本は、人の心に対して厳しすぎるのでは?と思うのです。

 

そこで今回は、私が心理学に出会い、学んできた経緯について振り返りながら、今の日本の悪しき風潮について考察し、今後の心理学をどうしていきたいのかについて、綴っていきたいと思います。

 

 

 

中学時代

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(田舎のヤンキー校で育った)

 

私が心理学の道を志すきっかけとなったのは、中学生時代の体験からでした。

 

世の中学生諸君なら少しは分かってくれるかと思うんですが、中学生になると急に恋がトキメキだしたり、クラスでの派閥争いや、ヤンキーからのイジメがあったりして、悩みの種が増える時期じゃないですか?

 

もともと私が絹豆腐のような強度の心しか持ち合わせていなかったこともあり、中学時代は些細なことで悩んでばっかり。いわゆる「病み期」でした。

 

 

友達からキツい言い方された、実は嫌われてるんじゃないだろうか…

 

こっち見て笑われた気がする、何か陰口を言われてるんじゃないか…

 

など、そんなことばかり考えていた気がします。そこで誰かに相談できればよかったのですが、悩みを打ち明ける=弱さを認めているような気がして、自分の気持ちにフタをして、何も感じない、考えないようにしてヘラヘラと生きるように心がけました。

 

しかし、心の奥ではずっとモヤモヤした気持ちがつのっていくばかり。結局、誰にも相談できずに、1人で苦しみを抱え込み、さらに悩んで落ち込みの悪循環が続いて、どんどん視野が狭くなっていきました。

 

今となればスクールカウンセラーに相談すればよかったなとも思うのですが、当時の私にはその選択肢は皆無でした。

 

まず、カウンセリングなんて仰々しいもの受けたくないし、そもそも一度も会ったことがない人に相談するなんてもってのほかと思っていたから。

 

そんな時、孤立している私に声をかけて救ってくれたのは友人でした。

救ってくれたといっても、特にアドバイスをしてくれたわけではなく、

 

 

「うんうん、それは辛かったよね」

 

「そんなことがあったら、そう思っても当然だよね」

 

と、客観的な立場から「そんなことで悩むな」と意見するのではなく、私視点での物語を理解しようと、ひたむきに耳を傾け続けてくれました。

 

私がフタをしていた感情のことも認めてくれ、それによって私も自分を認めることができるようになりました。今思うと、これこそがカウンセリング。

 

「味方がいることが、こんなに心強いことなんだ」 と思い、また、私も誰かの味方になりたいと、強く思うようになりました。

 

その時の日本は、毎年3万人の自殺者が出る時代。私が3万人の味方になれば、自殺者は0になるんじゃないだろうかと、子ども心ながらに思いました。

 

「自殺者を一人残らず救いたい」と、決意表明を当時のデコログに書いた気がします。Yondaとコメントはあまりつきませんでしたが、ここから私の心理士を目指す人生が始まります。

 

高校時代

 さて、決意したところまでは良かったのですが、高校では人を救いたいという気持ちだけでは何もできないということを思い知らされ、大きな挫折を味わいます。

 

 中学で「話を聞いてもらうことで楽になる」ことを学んだ私は、今度は私が聞く番だぞと、ひたすら友達の話を聞き続けます。(単純)

 

しかし、熱心に話を聞いているだけでは問題は何も解決せず、「何の力にもなれていないんじゃないか…」と無力感を感じるようになります。

 

「ありがとう、聞いてくれるだけで嬉しいよ」とは言ってくれるものの、本当にこれでいいのだろうか…という不安。

 

そんな時、私がいつも仲良くしていた親友が薬をオーバードーズして自殺未遂を図った事件がありました。幸い、大事には至りませんでしたが、私の無力感を後押しする大きなきっかけとなりました。

 

大学

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(受験のときに立てた誓い)

 

想いだけではだめだ、勉強しなければと思い、毎日12時間ほど受験勉強していました。結果、大学に特待生として入学することが出来たのですが、あることに気づいてしまいます。

 

 

「心理学って、めっちゃおもんなくない?」

 

そうなのです。大学で学ぶ心理学は主に基礎心理学と呼ばれているもので、心理学史、認知心理学、統計など、なんだかよく分からないものたちばかりなのです。(完全文系脳)

 

大脳基底核…t検定…有意水準…もぅムリ…(割と初期段階でつまづいた)となってしまった私は、思いつめた結果、実家を離れて自分探しの旅にでます(?)

 

シェアハウスに住んでみたら年上の武闘家に夜な夜な襲われかける日々を過ごし、ルームシェアをしたら、ルームメイトが俺の米びつから米を奪って夜逃げしたりなどされました。今考えてもよく分かりませんが、そういうことです。

 

また、カウンセリング大国アメリカに行けば何かヒントになるかもという発想から、NYに住む日本人カウンセラー20人位にメールを送って、連絡がとれた4人にお話を伺いにNYに乗りこみます。

 

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(全然写真を撮らなかったので、とりあえずハイラインで自撮りしてみた) 

 

お忙しい中、みなさん真摯に私の話を聞いてくださりました。ありがとうございます…!

 

ただ、NYに行ったら「アメリカの文化・気質は日本では参考にならない」という割と当たり前な結論に至ったので、今度はヒッチハイクで日本一周します。

 

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日本中の人と話をする中で、心理学以外の視点について学んだり、人の暖かさにふれたり。

 

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(静岡駅で寝てたら、コンビニ弁当とお茶とお菓子と、ポケットからとり出した小銭121円くれた。) 

 

旅をする中で、やっぱり自分は心理学で人を支えたいなと改めて思いました。

心理学以外にも対人援助の仕事はたくさんあるんですが、一人ひとりに寄り添い、じっくりと関わり続けられるのが心理だと思うから。

 

 そんなこんなで一瞬ふらふらしましたが、今は真面目に大学院で授業・復習・実習・カウンセリング・自分の勉強・発信と、慌ただしく生きています。

 

心理学について発信する理由

 

今でも、中学のときに決めた目標の芯は変わりません。

日本から孤独に悩み苦しむ人を無くすこと。

 

そのための方法論として、カウンセリングを誤解なく広めること、カウンセリング文化を根づかせ、国からの補助を出させること、地域で支えるシステムを作ること等、やりたいことはたくさんあります。

 

今、学生のうちにできることは、勉強もそうですが、発信して有名になって心理学のイメージを変えることなのかと思っています。

 

「風邪なんやから休んどき」が言えて、

「うつなんやから休んどき」がなぜ言えないのか?

 

こんな日本おかしいよねっていうことを、伝えていければと思っています。