心ごと

なぜ心理学はあやしくなってしまったのか?

心理学と聞くと「うさんくさい」「人の心を読めるなんてあやしい...」などというイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。 この記事では心理学のあやしさについてと、その誤解を解くところまでお話していきますね。

 

 

心理学は心が読めるのか?

心理学があやしくなってしまった背景には、心を軽視する人たちの存在があると思っています。

 

悪徳ビジネスや宗教じみた自称カウンセラーなどが「心理学を学べば人生うまく行く」 「心理学を活かして本当の自分を開放させよう」 「ふふふ...」みたいなことを発信したので、みなさんが「心が読めるわけないやん…心理学ってあやしい…」と思ってしまうのは当然です。

 

ただ、この心を軽視する人たちの主張は半分まちがっていて、半分当たっているんです。なぜかというと、この人達の主張する心理学を、人生のピンポイントな瞬間で必要とする人は必ずいるから。

 

心理学はそこが難しいところなんです。

心はだれにでもあって、いろんな心があるし、その心もその日によって変わります。なので、そのへんのおじさんの人生哲学が誰かの心に響くことも当然ある。フロイトだって、言ってしまえばおじさんの人生哲学。そんな天才がたまにいるんです。

 

ネットでお悩みアドバイスをするカウンセラーたち

なので、私はネット上ではどんな心理学であろうと発信しても問題ないと思うのです。ネットは1対多数だから。その心理学が当たらなくてもダメージはないし、当たったらラッキーぐらいのスタンスで楽しめばいいのです。私も、ものすごい愛さんとかDJあおいさんの恋愛相談とか見るもん。楽しいよね

 

ただ、そうした遊びの域ならいいんですけど、本気で悩んでいる人に対して、膨大なお金をとってカウンセリングするのは違うな?と思うのです。

 

心は、一つの心理学理論だけで支えられるものではない

そもそも、心は簡単な一つのものではなく、複数に分かれていたり、無意識があったりするので、一つの理論で扱えるものではないのです。

 

例えば、簡単に悩みと言っても、年齢によって悩みの性質は違うし(生理心理学)、生育歴からその人の発達課題がどこかで止まっている可能性についても考えるし(発達心理学)、環境要因としてどんな影響を与えているのか考えたいし、症状がどの程度で、どの段階なのかおおまかに理解しないといけないし(精神医学)、薬の服用はあるか確認し、あるなら治療経過はどうか医師に確認、ないなら薬なしでカウンセリング対応できるのかの判断、無理なら医師にリファー。希死念慮はないか判断。ソーシャルサポートはあるか確認。家族に精神疾患の人はいないか?家族内力動はどうか(家族心理学)。発達障害はあるか?カウンセリング適応か?来談意欲はどの程度か、そもそもカウンセリングが必要なのか…などなど…

 

カウンセリング・心理療法はさまざまな心理学を使って相談者について考えるだけでなく、生物学的、社会学的な視点も持って多角的にアプローチしなければなりません。それなのに、独自の〇〇理論だけですべての人を支えられるわけがないのです。

 

それで、〇〇理論でカウンセリングがうまくいかない時には「カウンセリングは完璧じゃない」とか言うのは雑すぎるのでは?と思うのです。どんな人であれ、その人に対して最適な支援ができるよう、幅広く学び、万全を期そうとするのが心理士としての責任です。

 

エセカウンセラーのことは嫌いになっても、心理士のことは嫌いにならないで

私が一番怖いのは、「心理学なんて信用ならない。カウンセラーに相談するなんてありえない」と言って、誰にも相談できずに悩み苦しむ人がいること。

 

私も、学生時代に誰にも相談できず、一人で悩み苦しんでいた時期がありました。

 

そんな時に、スクールカウンセラーのことを「あやしい」といって拒絶してしまうのは、今の日本の「心理学ってあやしいよね」風潮のせいだと思うのです。

 

心理学が正しく理解され、日本でもっと相談する文化が根づけばいいな、と思います。