心ごと

フロイトのしたことを簡単にまとめる

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心理学を本格的に学ぼうと思うと、避けては通れないのがフロイトについての勉強。でも、精神分析についての本って、固い表現や専門用語が多くて読みにくいし、どの本から読めばいいかもわからないので、なかなかとっつきにくいですよね。この記事では、フロイトのしたことの流れについて、簡単に説明していきますね。

 

フロイトの生きていた時代について

今の心理学がここまで発展したのは、フロイトがどんどん精神分析の理論を打ち出していったおかげです。しかし、それはフロイトの生きていた時代背景や草創期独特のなんでもアリ感が大きく影響しています。まずは19世紀の、フロイトの時代背景について説明していきますね。

 

19世紀

19世紀は「ハレンチなことは嫌いですっ!!!」っていう時代です。なので、あんまりえっちな表現をしてはダメな時代でした。そんな中で、フロイトが「幼児はえっちだ」と言ったのは大きな影響を与えました。

 

また、世はブルジョアジーの時代でもあります。精神分析は基本的に週4~5回行うものでしたので、とてもお金がかかるため、お金持ちだけがうけれるものでした。フロイトは8人家族だったので、その人数を養うとすれば、けっこうなお金を患者さんからもらっていたことが分かりますよね。

 

つまり、社会の中ではそこそこに適応してお金を稼いだりできるけど、どこか生きづらさを抱えていたりするような、神経症圏内の患者を対象にしていました。統合失調症などの重い症状を扱っていないということもフロイトの理論に影響を与えています。

 

それでは、これからフロイトの理論について順に説明していきますね。

 

前期理論・プレ精神分析

さて、この段階はフロイトがブロイアーと「ヒステリー研究」を出した頃です。無意識の発見(19世紀のスゴい発見とされた)とか、外傷説(性的誘惑説)を唱えたりしました。これは何かって言うと、人の心の病気は心的な外傷が原因と考えるってこと。

 

例えば、なんだか分からないけどお父さんのことが嫌いな娘がいたら、「君は、実は幼少期にお父さんにえっちなことをされてたんだねえ」みたいなことを言ったら、患者が無意識に抑圧されていた記憶がバーーンと蘇ってワーーーってなって解決!みたいな。

 

中期理論

この頃はフロイトがブイブイ言ってた時期。「夢判断」出したりする。

 

ここで大きな転換として、先ほどの外傷説だと「さすがにえっちすぎない?てゆーかこの患者の言ってること嘘じゃね?」と思い、外傷説から内的欲動説に移行します。

 

これは、子どもに元々インストールされている本能的な欲動が重要で、この本能が空想を作っていくと。つまり、患者のいうえっちな話は、現実としては起こっていない嘘の話なんだけど、患者からすると本当の話なわけで。事実よりも患者の心のほうがリアルじゃんって考えたわけです。(心的現実の発見)

 

フロイトはあくまでも科学的な立場でありたい人だったので、生物学的な見方をゴリ押しします。生物学的な見方は科学的だから。となると、性欲も生物学的なものだから、(フロイト的には)科学的。生物が生まれ持っている本能が患者にいろんなえっちなことを起こしていくと。

 

この調子でフロイトは「幼児から性欲はある。」とか言っちゃいます。でも、幼児は生物機能的に性欲をおちんで満たせないので、口で満たしたりお尻で満たしたりするわけです。(性倒錯)この考えが心理―性的発達段階に繋がります。

 

エディプスコンプレックス

つぎに有名なエディプスコンプレックスの理論。

 

小此木先生が言うには、エディプスコンプレックスには

 

①同性の親との競争とその親を亡き者にしたいという願望、

②異性の親と結合したいという願望、

③このような願望をめぐる同性の親からの処罰への恐怖や罪悪感 

 

という3要素を挙げています。

 

このエディプスコンプレックスを乗り越えるっていうことは、人生ではじめての3者関係での葛藤を乗り越えるっていうことなんだけど、それだけじゃなくて自分が生きる意味も見出すんですよね。

 

子どもはよく「お母さんと結婚する!」とか言うじゃないですか。それってつまり、自分と両親それぞれの関係性の区別がついてないってこと。ちょっと図にして説明します。

 

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両親の間の関係性と、両親と子どもとの関係性は全くべつのものなんですよ。なのに、子どもはそれを受け入れられないから、無理にでもこのAの関係性に割り込もうとしちゃう。

 

そうではなく、AとBの関係は違うものなんだ、と受け入れること。それが、自分が生まれた意味(Aの関係性、両親の愛の形として自分がいる)を見つけることにつながってきます。

 

自我

この自我っていうのも超重要。

 

フロイトは最初、心の構造として

【意識・無意識・前意識】を挙げました。これが第一局所論。

 

その後、第二局所論(構造論)として【

自我・エス・超自我】に分けます。

 

エスは無意識的、本能的、快感原則で動き、

超自我は意識的、理性的、現実原則で動くとしています。

まあ、ざっくり本能的な自分と理性的な自分で考えていいと思う。

 

そして、自我はこれら2つの調整役。「スカートめくりしたい!」っていうエスと、「ハレンチなことはいけません」っていう超自我が言い争ってるのを「まあまあ、じゃあこうしようよ」ってなだめてる感じ。

 

また、この2つの局所論は、どちらかというものではなく、どちらも有るよということ。

 

この考えは、ロジャース派の自己実現という考え方との違うところで、精神分析では自己というまとまったものはないと考えます。

 

人の心は耐えずいくつかの場所に分けられていて、それぞれはそれぞれの作動様式で自律的に動いていて、どこにも主体はなく、ただ全体的な動きの中で主体という錯覚が生まれていると考えます。意識が自分の主体ということはない、ということ。

 

ナルシズム

ふだん私達がつかうナルシストとかのレベルではなく、もっと病的なものを指します。

自体愛(バラバラな単なる身体)の段階から自己愛(まとまった自分)の段階、そして対象愛へとリビドーは供給されていくとしました。

 

喪の仕事

喪の段階、攻撃の段階、悲しむ段階、悼む段階と変化します。正常な人は対象を攻撃してバラバラにして、その人のあり方や機能を取り入れます。この考えは対象関係論へと引き継がれていきました。

 

後期理論

 

ついに後期まできました。この頃はもうフロイトは上顎のガンでボロボロで、「もういいよ~~死んでいいよ~」みたいな病み期。

本能論の改定

今までフロイトは自我本能と性本能を提唱していましたが、生の本能と死の本能を提唱します。

 

自我機能の重要視

一次的自立自我機能とは、本能欲動などの影響を受けずに育つもの。思考・感覚・認知などは、ふつうに育っていけばふつうに獲得するんじゃね?みたいな。この自我機能を重視する立場が自我心理学派へと受け継がれています。

 

参考文献

精神分析集中講義 上下