心ごと

いじめが起きたらどう対応すればいいの?心理学的に考察した

いじめは、昔からのジャイアン的な個人的・私的・固定的な性質からは変化し、集団的・公的・変動的なものに変化し、より深刻な問題となっていると言われています。この記事では、現在のいじめ問題について、心理学的な考察を交えて考えていきたいと思います。

 

いじめが起きる原因についての考察

いじめがなぜ起こるのか、いじめが起こっている時には子どもの心になにが起こっているのかについて考察することは、いじめ加害者・被害者支援を考える上でも重要になると考えられます。まずは、いじめが起きる原因について考えていきましょう。

 

弱い自我

10歳頃になると、子どもは周りと自分を比べることで自我を芽生えさせていく時期です。しかし、まだ確立されていない自我にとって、自分とは違う異質なものは脅威となります。

そこで、自分という存在を脅かすものを排除しようとする行為がいじめに繋がります。

 

また、青年期になるとアイデンティティ(「自分とは何者か」という意識)の拡散が始まります。その時期に学校という年齢や知能、能力が似通った集団の中に入ることで、余計に混乱してしまうことは容易に想像できるでしょう。

 

自分のアイデンティティを見いだせずに、無理にでも自分のアイデンティティを作り上げようとすると、他者との比較や、あら探しを行い、他者を貶めることでなんとか差別化を図り、その結果としていじめが生じることとなります。

 

自己愛

いじめの原因として、自己愛についても触れておく必要があります。乳児期からの養育体験によっては自己愛が適切に育たない場合があり、いじめ加害者は、自己愛に問題があることも考えられるからです。

 

自己愛の発達には、養育者の存在が欠かせません。乳児期には、赤ん坊は自分で自分を見ることができませんし、評価することもできません。そこで、親の目(評価)を通して自分を知っていきます。

親がわが子に対して愛する眼差しを向け、何をするにしても褒め称えることで、子どもは「自分は何をしても愛される存在なんだ」と知ることができ、これが自信に繋がります。

 

しかし、こうした体験をしなかった子ども、親が子どもを素晴らしい存在として映し返す鏡のような機能として作用しなかった場合は、子どもはその鏡を生涯探し続けることとなります。

 

いじめ場面で言うと、いじめ加害者となる子どもは自分が素晴らしい存在であると実感させてくれる鏡を探しており、自分が何をしても思い通りになる、許されるような体験を求めます。

 

そこで、いじめによって、いじめ被害者を通して自分の思い通りになる世界を体験し、自己愛を歪んだ形で満たそうとしている、という見方もできます。

 

原因について述べたところで、次にいじめが実際に起こった時、上記の問題を踏まえた上で何ができるのか、どう関わるべきかについて、加害者支援と被害者支援に分けて考えていきたいと思います。

 

いじめ加害者の心理

まずは、加害者支援について述べたいと思います。いじめ加害者は、先ほどの自己愛の問題など、幼少期の傷つき体験などで自尊心が傷ついている場合が多く見られます。

 

その場合、快復すべきは加害者の自尊心であり、そのために必要なものは「いじめ行為」に対しては厳しく対峙しながらも、「いじめ」をおこなった生徒の存在そのものは認め、受け入れていく姿勢です。いじめ加害者が「罰せられるから」いじめをやめるのではなく、自らの手でいじめを止めるためには、そうした働きかけが求められます。

 

いじめ被害者の心理

次に、被害者支援について述べたいと思います。被害者を支援する際に一つ留意しておきたいのは、いじめに解決は存在しないということです。

 

なぜなら、いじめにハッキリとした理由はないから。加害者の自我や発達の未熟さ、自己愛などの問題だけではなく、ただ楽しいからという理由でいじめる子どもも存在し、いじめの原因は多岐にわたり、また複雑です。そのため、単純な原因論では解決できない難しさがあるのです。

 

また、表面的にいじめという現象がおさまっても、被害者の中では心の傷として続くことが大半です。いじめが終わったから、和解したからと言う理由で支援を打ち切るのではなく、いじめ被害者に対しては長期的な支援が必要です。具体的には、継続的なケアと定期的な声掛けが有効でしょう。

 

このようないじめの性質から、いじめは予防することしかできないため、道徳的に許されないということを伝える研修や、いじめ被害者の出すサインを敏感に察知し、早期発見・介入を行うことが有効と考えられます。

 

また、いじめ予防の為には、いじめ被害者のサインを見逃さないことが役立ちます。いじめ被害者は、加害者からの報復を恐れ、また自分がいじめられているということを隠したいという自尊心のために、自分の心の内を用意には開きません。

 

そのため、いじめが発見されることなく見過ごされ、状況が悪化することになってしまいます。また、いじめ被害者が誰にも相談できずに一人で耐えなければならないという状況は避けたいところです。

 

そこで、定期的に確認を行い、小さなサインも見逃さないことが重要となります。具体的なサインとしては、友達の使い走りをしている、持ち物がなくなったり壊れたりする、お金をこっそり持ち出す、ノートやカバンに落書きがある等があります。

 

どう対応する?

次に、いじめの被害者を心の傷の程度によって分類し、それぞれにおけるケアの実際について考察します。

 

 

心の傷が浅い子どもについて

いじめによる心の傷が比較的浅い子どもとは、部活動では仲間はずれにされているが教室では仲良しがいて楽しい、数人から陰口を言われているが信頼できる友だちがいる等、社会的ネットワークの一部がいじめによって限定的に侵食されているような子どものことです。

 

このような子どもは、心の拠り所があり余裕があるせいか、いじめを受けるに至った経緯や自分の置かれている状況に向き合っていけることが多いとされています。このような場合、被害者は問題解決に向けた具体的な手がかりを得たいと考えているので、このような被害者に対してはブリーフセラピーのような視点が役に立ちます。

 

心の傷が深い子どもについて

心の傷が深い場合は、学校生活はひとまず脇において、じっくりと腰を落ち着けての専門的な対応が必要となります。ただ、この対応にあたって、相談を受けた大人がしてはいけないことがあります。

 

それは、いじめ被害者の子どもが勇気をふり絞って相談した時に、「やり返せ!無視しろ!」などと、解決法を示して安易に解決を図ろうとしてしまうこと。

 

やり返したり、無視したりできないから苦しんでいるのに、その一言でかんたんに相談を終わらせられてしまうと、子どもは「相談しても無駄だ、相談しなければよかった」と思ってしまうでしょう。

 

いじめは解決のない問題であり、また暗い話題でもあるので、聞き手が話を聞き続けること、一緒に考えることがしんどくなってしまうから聞きたくない、はやく解決したいという心理が働くのは当然です。

しかし、ここでの大人の対応としては、解決しようとしてしまうのではなく、つらい気持ちを分かってあげることが重要。具体的には、「話してくれてありがとう、私は解決してあげられないけど、話は聞いてあげられるからね。いつでも話聞くからね。もし、しんどかったら学校休んでもいいからね」等、打ち明けてくれたことへのねぎらいと、話を聞く姿勢、逃げ道の提案を伝えられるような対応が望ましいでしょう。また、いじめの出来事よりも気持ちに焦点をあてて聞くことが、いじめ被害者の心のケアには有効です。

 

回復するプロセス

最後に、いじめ被害によって心に傷を負った子どもが、快復していくプロセスについて述べたいと思います。

 

自由で安全な場の確保

所属グループからいじめられて所属感を失い、学校での生活が大幅に制限されているいじめ被害者たちをケアするには、何か新しいこと、新しい交流ができる安全な場を用意しておくことが必要となります。当然、被害者が安全感を感じられ緊張をとけるような配慮が必要でしょう。

 

そのため、その場では、大人の配慮と制限のもと、自傷他害を禁止し、器物破損を禁止するなどのルールを守るならば、本人が自由に過ごして良いとするのが望まれます。そのなかで被害者たちはしだいに緊張をといて少しずつ遊び心を回復し、表現し、受け入れられていきます。

 

新しい場への接触の段階

ケアの空間を生み出すためには、援助者の力を認め援助者の支援をうまく受容することが必要となります。被害者は援助者のケアを受け入れることで、実はケアする者を活性化し、それによってケアの空間を作り出す一端を担っています。

 

安全な場所で関係を築いた子どもによる自由な自己表現から交流がはじまる段階

信頼できる援助者がいて、自由に過ごしていいというやわらかい雰囲気を受容できたとき、被害者たちは緊張で固まった心を徐々にゆるめ始めます。そうすると、これまで抑制されていたエネルギーが徐々に自己表現という形に変わっていきます。この自己表現が、多様な交流と新しい人間関係を生み出し、何か新しいことをする原動力になっていくのです。

 

新しい視点を獲得する段階

ケアの場に居場所を見つけた被害者たちは、そこでの活動に中心的な価値を見いだし始めます。他者と共有できそうな話題を用意し、他者と一緒にしたいと思う活動を用意してケアの場を訪れます。

 

また、他者に配慮したり、他者から好感をもってみられる努力をしたりします。いじめ被害の中で孤立無援状態のときには、いじめという事態一点に集中されていた目線が、ケアの場に意味を見いだすと、それまでとは違う新たな目線を獲得し目線が複数化するのです。いじめられているだけという自己像から、受け入れられている自己像へと分化するということ。

 

このようなプロセスを経て、いじめから心理的にも物理的にも距離をおいていくことで、被害者たちはいじめで受けた悪影響を徐々に解毒化していけるのではないでしょうか。

 

参考文献

坂西 友秀(2004). いじめ・いじめられる青少年の心――発達臨床心理学的考察―― 北大路書房

E.H.エリクソン 仁科 弥生(訳) (1997). 幼児期と社会1 みすず書房

E.H.エリクソン 仁科 弥生(訳) (1997). 幼児期と社会2 みすず書房

滝川 一廣(2017). 子どものための精神医学 医学書

丸太 俊彦(1992). コフート理論とその周辺 ――自己心理学をめぐって―― 岩崎学術出版     

富田 拓(2017). 非行と反抗がおさえられない子どもたち 合同出版