心ごと

甘えとは?「甘えの構造」に学ぶ、甘えについて

「この子は甘えん坊なんです」、「あいつは甘えている」など、日常で広く使われる言葉である「甘え」。実は、日本人に特有の感情って知っていましたか?甘えについて理解することで、精神分析の理論について理解が深まります。この記事では、甘えについて研究した精神分析家、土居健郎の「甘えの構造」の内容をまとめて説明していきますね。

  

甘えとは

 甘えとは、「本来は乳児が母親に密着することを求めること」と定義されます。また、甘えは相手の愛情をあてにする感情であり、相手との一体感を求めるものです。

 

ここで重要なのは、甘えるためにはそれぞれ独立した2者が存在するということと、甘えるためには相手がこちらの意図を理解し受け入れること、甘えが許容されていることが条件として必要ということです。

 

生後間もなく、母子分化のない乳児に対して、「この子は甘えている」とは言いませんよね。子供が成長して、それぞれが独立した存在になってから初めて「この子は甘えている」と言うことができます。

 

また、甘えるとはお互い「甘えが認められる」関係性が必要であり、そのため、両者がお互いに好意をもっていることが前提となります。 

 

甘やかし・甘ったれとの違い

 ここで、似たような表現として「甘やかし」「甘ったれ」との違いを考えてみましょう。

 

これらの「甘やかし」「甘ったれ」と「甘え」の違いは、両者の間に好意が有るか、無いかです。

 

甘やかしと甘ったれには、相手に好意がなかったり、甘えが認められていなかったりする状態。相手に好意がなくても、甘える側の一方的に甘やかす・甘ったれることで成立します。

 

甘やかしは、相手に甘えるふりをさせること、

甘ったれは、甘えるふりをすること。

 

甘やかしも甘ったれも、実際はどちらも甘やかすほう、甘ったれるほうが一方的に甘えているだけなのです。

 

甘えの意味

 甘えにはどんな意味が有るのでしょうか。

まず、甘えの心理としては、土居は「人間存在に本来つきものの分離の事実を否定し、分離の痛みを止揚しようとすること」と述べています。

 

もうすこし柔らかく言うと、「人間はそれぞれ独立した存在で、2人が1人になることはできないけど、最初はお母さんと一つだった赤ちゃんにとっては、それぞれが別々で独立した存在ということはショッキングなことで受け入れることができないので、甘えることでその痛みを和らげようとする」ということでしょうか。

 

しかし、甘えによる一体感・安心感はいわば幻のようなもので、いつかは誰かに甘えることなく独り立ちしなくてはいけません。

 

しかし、逆説的ですが、十分に甘える経験をしないと健康的に独り立ちすることはできません。これは、精神分析の多くの理論で共通して述べられていることです。そして、独り立ちすることで自分を持つことができるようになります。

 

 

対人関係において、際限なく甘えている人は自分がないと言えます。一方で、自分がある人は、時々甘えてしまったとしても自分で自分の甘えに気づくことができます。

 

甘えに関する問題

 甘えの段階を卒業できていないことで、自分を持つことができないという弊害があると言いました。では、なぜ甘える人は十分に甘えることができなかったのでしょうか?

 

甘えられなかった要因はたくさんありますが、ひとつには親の過保護があります。

親が子を甘やかすと、子供はほんとうの意味で親に甘えることはできなくなるのです。

 

それは、実際には甘やかす方(親)が、相手に甘えている関係性になっており、甘やかされた方(子)は相手の甘えに応じているだけで、自分から甘えることができないから。

 

「甘え」と、フロイトのいう「同一化」は同義語であり、甘やかすものは相手の同一化を先取りしてしまうので、相手が同一化する機会を奪ってしまうから、とも説明できます。

「甘やかし」や「甘ったれ」ではなく、「甘え」る経験が必要なのです。

 

「甘え」問題を乗り越えるために

 心理療法やカウンセリングでは、クライエントの話をしっかりと聴くことを通して、過去に満たせなかった甘えの関係性を、カウンセラーとクライエントの間で再び満たそうとします。

 

なぜなら、遅かれ早かれ、十分に甘える経験は必要だから。その上で、自分ひとりで生きていく覚悟をしなくてはならないのです。

 

甘えるということは、現実をみていないということにも繋がります。

いつまでも甘えていては、独立できません。甘えを自分から手放し、一人で生きていく覚悟を決める必要があるのです。