心ごと

エリクソンの発達段階について

こんにちは、心理大学院生のsunaoと申します。

心理学を学んでいく上で、基礎知識として必ず学んでおかなければならないエリクソンの発達段階。心理士だけではなく、保育士なども重要視している理論です。ここでは、エリクソンの考えかた、フロイトの発達理論との違い、エリクソンの各発達段階について詳しくまとめてみようと思います。

 

 

エリクソンの考え方

まずは、エリクソンについて詳しく理解していくために、エリクソンに特徴的な理論について紹介していきますね。 

発達理論

エリクソンは「精神分析は、その基礎である生物学的論述(フロイトさんの理論)がなければ有用な研究体系として存続することはできないと思う」と述べています。

 

この言葉からも分かるように、エリクソンの発達理論はフロイト理論の生物学的基礎の上に構築されています。エリクソンは、フロイトの発達段階を参考に、生物学的な視点と、社会から求められる役割、そしてそれを受けた人の作用について発達段階にまとめました。

 

ただ、フロイトの発達理論との違いとしては、社会的な視点生涯発達心理学の視点が挙げられます。

 

エリクソンは、フロイトの生得的なリビドーの展開に基づく精神・性的発達段階に対し、歴史的・文化的・社会的な視点を加えた心理社会的発達段階を提唱しました。

 

また、フロイトも含めて発達というのは思春期までに終わると考えられていたのに対し、エリクソンは生きている限り人は発達し続けるものだと考えました。

 

生物心理社会

人間の危機の理解や治療にあたって、精神分析的アプローチとしては、身体的・精神的・社会的という3つのアプローチが必要だと述べています。

 

人間は、常に1つの有機体(身体的)であると同時に、1つの自我(精神的)であり、1つの社会構成員(社会)なのです。

 

生活の中で悩み等が現れた場合、その悩みを理解するためには1つの問題を3つの側面から見ること、また3つの相互作用を考えるべきとのこと。この考えは、生物ー心理ー社会モデルとして、現代の心理臨床でも当たり前の概念になっていますね。

 

漸性発達

エリクソンさんは身体の成長には順序性があるように、精神の発達にも順序性があるとしました。

 

また、人間の機能様式にはそれぞれに優先的に発達する時期をもっていて、この発達の時期を逃すとその機能は永久に変形を受け、また次の段階の機能の発達に影響を与えます。

 

つまり平たく言うと、各発達段階の課題を達成できなかったら、次の段階には行けないと。「落ちこぼれは一生落ちこぼれなんだよ!!」と言われている気分です。エリクソンさん、なかなか手厳しい。

 

 心理社会的発達段階

それでは、エリクソンの重要な理論である心理社会的発達段階について、1つずつ解説していきますね。

 

基本的信頼vs不信  (口唇期) 0歳~2歳

エリクソンがここで言う信頼とは、必要物(ミルク)を供給してくれる外的存在(母親)がいつも同じであること、連続性を有していることなどを、乳児が期待することを学んだということです。

 

信頼を獲得することで、母親が予測できる外的な存在になり、母親がその場にいなくても、心配したり怒ったりしないで受け入れることができるようになります。

 

また、信頼には「自己を信頼し、さまざまな衝動に対処する自分の諸器官の能力を信頼する」という意味も含んでいます。

 

このような経験の一貫性や斉一性、連続性が自我同一性の基本的感覚を準備すると考えられています。

 

つまり、養育者からの扱いが支持的で一貫性があれば、子供は安心感を得て外界や自分自身を受け入れられるようになるってこと!確かに、親の態度が気分でコロコロ変わると、子供も不安定になっちゃいますね。

 
自律性vs恥と疑惑  (肛門期) 2~3歳

この段階では、子供は筋肉、言語、識別力などが急速に発達し、立てるようになることで、自分と相手を区別するようになります。相手を意識するようになることが恥の感覚に繋がります。

 

 また、この時期の子供は、自分でやりたいということが増える時期でもあり、トイレットトレーニングなどの要求が増える時期でもあります。

 

外からの要求と、自分の内側からの欲求のバランスがうまくとれていないことに対する恥の感覚と、不能感や自分自身をコントロールできていないことに対する自分への疑惑の感覚を乗り越えることが求められます。

 

エリクソンのいう自律とは、「自分の行動をうまくコントロールすること、自由に選択すること」。自律性を獲得するということは、自分に「できる」ことを「意図する」ようになり、「強制された」から「意志した」と感じることができるようになるということです。

 

この段階で獲得できるのは自由意志の感覚であり、これは自尊心を伴った自己制御感(コントロール感)から生まれてきます。

 

逆に、厳しすぎるしつけ、または少なすぎるしつけは子供の自己統制感をなくしてしまうから要注意。また、過保護や、過度な叱責は、要求に応えられないことへの恥ずかしさや自分自身の能力に対する疑惑を生みます。

 

子供の自律性を育むためには、両親は子供の「独立したい」という子供の欲求を励ますと同時に、親自身が自立的存在としての威厳を保つことが必要です。

 

自発性(積極性)vs罪悪感  男根期  2,3歳~4歳

 この時期の子供は、人格的にも身体的にも1つにまとまる段階。あらゆるものへの新しい希望、新しい責任が生まれます。

 

自発性とは、「外的・内的なバランスを保ちながら行動できていること」。また、自発性は「積極性、主体性、目的性」という側面も含んでいます。

 

この頃になると、運動能力の発達から自発性はさらに増え、よく人と競争するようになります。ただ、ここで敗北を重ねると諦め、不安、罪悪感が生まれます。また、子供の自発性に対して禁止や非難をすることも罪悪感に繋がります。

 

ここでは、子供の自発性を励ますことで、自発性をさらに増やすことが大事。

 

この時期はフロイトの言うエディプスコンプレックスの時期でもあるので、子供は幼児性欲、近親相姦のタブー、去勢コンプレックスなどが全て結合して危機となります。

 

そのため、この時期の子どもは去勢コンプレックスを紛らわすために巨人や怪獣になる妄想や遊びをよく行います。強いものが怖いから、逆に強いものに自分がなる妄想をするっていう考え。

  

このように、この時期の子どもは空想と現実の区別があいまいなので、迫害的な空想に悩まされている場合には、現実と空想の区別をしっかり教える必要があるとエリクソンは言っています。

 

勤勉vs劣等感  潜伏期 5,6歳~11,12歳 

この時期の子供は、認知的発達とあいまって、好奇心が外界に向き、学ぶ喜びを見出す段階。この年齢になるともう立派な小学生です。

 

子供は社会(学校)の要求する技能(勉強)や価値観を習得することが必要とされていて、その中で何かをやり遂げ、他者に認められることを通じて自分の良さに気づき、勤勉性を発達させ達成感や満足感を得ます。

  

勤勉とは、「なにかものを上手に作ることができる」という感覚であり、「自分には能力があるのだ」という感覚。

この感覚が無いと、どんなにチヤホヤされても「自分のしていることには何かが欠けている...」という感じに付きまとわれ、劣等感、不適格感に悩むことになります。

 

この段階で得るべきものは適格感、能力感です。 それは課題をめぐる真剣な競争において道具や知識や技能を自由に使えることであり、この適格感を欠くと強い自我はありえません。

 

自分が社会の中で強く存続していくことを自覚し、物を生み出すことによって人から認められようとする時期です。しかし、自分なりの努力を認めてもらえなかったりすると、学ぶ喜びを見いだせず、劣等感を感じてしまいます。劣等感の継続は、児童期の危機になります。  

同一性vs同一性拡散  性器期

 この時期はバリバリの思春期真っ只中。子供にとっては、他人にどう見られているかが最大の関心になります。クラスに一人は、いっつもマスクしてる人いませんでした?

 

エリクソンがいう同一性とは心理社会的同一性であり、幼い頃に習得した役割や技術(自分の能力)を、現在の職業的規範(社会が求める役割)とどう結びつけるかが重要となります。

 

もっと平たく言うと、自分ができることや、やりたいことと、求められていることの内容が一致している経験の積み重ねが自分というアイデンティティを作るってこと。

 

この時期にもなると、「私は〇〇である」といった所属では満足しきれず、生きがいや価値観のレベルを求めるようになります。

 

思春期の子供は、自分の芯の部分はなにか、自分が何者なのか模索する時期です。自分が分裂するのを防ぐため、集団に同一化することがあります。この時期は特に、ぼっちになるの辛かったよね、分かる

 

また、自分という人間が確立できていないので、自分とは異なった物を持つ人を遠ざけ、自分に似た人たちとつるむようになります。「お互いGReeeen好きとかウチら双子じゃん?マジ我等友情永久不滅卍」とかしてたよね、分かる

 

自己の内的な斉一性、連続性が、職業などの契約に明示されているような自分の存在の意味における斉一性、連続性に一致しているという確信の積み重ねがアイデンティティの確立になっていきます。

 

また、エリクソンはこの時期の青年は献身的な態度を本能的にもっており、その子供にとって尊敬できる大人や友人に対して忠誠を誓ことで、忠誠心を養うといっています。

 

親密性vs孤立

 無事に青年期でアイデンティティを確立できた成人は、今度は自分のアイデンティティと他人のアイデンティティを融合させることに熱中します。

 

親密性の獲得のためには、献身的になるときの滅私性、自己放棄の経験を前提とします。つまり、確固たる同一性を獲得し、自分の同一性と他者の同一性とを融合させることができて、初めて真の意味において親密な関係を結ぶことが可能になるってこと。

 

自分のアイデンティティを失わずに、他者との親密な関係を築くことが重要です。けっこうこれって難しくない?

 

対して、孤立とは、「誰からも離れ、誰からも目を向けられぬ状態にあること」。自分のアイデンティティが確立できていないと、自我が失われてしまうことを避けてしまい、他人との接触を避けるようになってしまいます。

 

 

ちなみにエリクソンは、成人期において、アイデンティティが確立して、他人との関わりの中で自分を抑えられるようになって、初めて真の愛が生まれるといっています。人を愛するためには一人の人間として自立していないとダメってことね。わかる 

 

世代性vs停滞性

この時期になると、もういい年のオジサンなので、関心は次の世代を産み、指導することに向きます。具体的には出産・生産・創造など。

社会的な役割を果たし、次世代への関心を持って援助・育成していくことを世代性といいます。

 

世代性の反対の極みは停滞です。 停滞とは、「生殖的活動、生産的活動、創造的活動の活性を失っていること。」

 

生み出すことを通して豊かに成熟することに失敗すると、擬似的親な密性を脅迫観念的に求めるようになり、停滞感、倦怠対人関係の貧困化に悩むことになるといいます。

 

統合vs絶望

 この段階は人格発達の最後の段階。老年期の課題は、自我の統合に到達することです。

 

人はこの統合によって、自分にとって唯一回きりの人生周期をそうあらねばならなかったものとして受け入れることができます。

「良い面も悪い面も含めて、自分の人生が有意義で価値あるものであったと」と感じることができるかが統合できるかの分かれ目となります。

 

この時期に獲得できる英知とは、

「死に直面しながら、正そのものへ、何者にも囚われない関心を持ち、

身体能力の衰弱や知的能力の低下にもかかわらず、経験の成全性を維持し、それを他へ伝える努力をすることである」

と定義されています。すみません、まだ23歳なのであまりよく分かりません(説明の放棄)

 

まとめ

エリクソンは、「子供は発達の各段階において、身体的統御とその文化的意味の内面化を果たすこと、そして機能的快感と社会的信望を同時に経験することを通して、現実的な自己価値観や自尊心を獲得することが必要」といっています。

 

子供は成長にしたがって、自分がやりたいこと、社会から求められることが変化していきます。それぞれの発達段階の課題をこなしていく中で、自分という人間と社会をうまく適合させて、自分の価値や自尊心を獲得していくことが必要なのです。

 

自分と社会について、また自分と社会との関係性を考え続ることが、人生を充実して生きるために必要なのかもしれません。